工場長挨拶
天明堂工場長
遠藤和雄
〜父の遺志を継ぎ、その教えを守り続ける〜
仏壇業界では腕利き職人として高名であった私の父であり、師匠であった友由は、伝統産業の誇りを持って晩年まで進み続けていました。 私が33歳の年、父が突然他界し、私のみならず家中のショックも大きく、その時初めて父の築いた信用と、暖簾の重さを実感しました。 それからと言うもの、仏壇を作るたびに父の偉業を身に感じ、仏壇というものの奥深さを感じてまいりました。 そんな私も仏壇を作り続けて、早40数年となり、今では仏壇製造の事なら絶対の自信を持って、父の名に恥じぬ仏壇を作り続けています。 今日までお客様や、お住職様方からの温かいお言葉を頂戴し、大変光栄に感じておりますが、甘んじることなく、 これからの時代に合うように私の長男と優秀なスタッフとで、最高の技術を磨き続け、ご提供させていただけますよう、日々精進しております。
工場長豆知識
工場長による仏壇のお話しを掲載しております。
仏壇にまつわるあんな事や、こんな事、みなさんあまり知らないことが多いと思います。
工場長の豆知識で少しでも仏壇に興味を持っていただけたら、うれしく思います。またお問い合わせにて、感想や聞いてみたいことのご応募待っております。 どんどんお送り下さい。

「仏壇」の「壇」って
まず、日本書紀に「諸国の家毎に仏舎を作り、すなわち仏像と経とを置きて礼拝供養せよ」といわれたとあります。 この時期から貴族が持仏堂を造りお参りするようになったといわれ、それが広く一般に広がり、今の仏壇に至るというわけです。
しかし、初めから今のような仏壇であったわけではなく、もともとは土でつくった小さい「ほこら」のようなものでした。 そこに大切なものしまっていたと言われていますが、その概念が進化し、お仏壇というものになったようです。
もともとは、土で作られていたものであり、だから現在でも「壇」の字が土辺というわけなのです。しかし、現在は木で作るので、 「檀」という字も多用され、お店それぞれの使い方をしています。一度いろいろなお店を調べてみると面白いでしょう。
ちなみに「仏」も「佛」と2種類ありますが、これは、旧字と、常用漢字と聞いています。
「仏壇」「佛壇」「仏檀」「佛檀」とありますが、結局はずべてご先祖様を大切に思う気持ちには変わりなく、 どの文字でも良いということになりますでしょうか。

漆(うるし)のお話
我が家は古くから漆塗師として、名古屋仏壇に深く関わってまいりました。そこで、まずは漆のお話を少しさせていただきます。
まず、漆というものは、ウルシノキに傷をつけたときに出てくる樹液です。ウルシノキを約10年育てたあと、木に傷をつけ、 その傷から一滴の樹液を採取します。それを幾度と繰り返し、樹液を採取されたウルシノキは約1年で役目を終え、伐採されているようです。
ウルシノキは日本・中国・東南アジアなどに広く分布しており、漆の歴史としてはアジア中心に文化を多く見ることができます。 その中でも日本が最古の漆の歴史を誇っており、文献では、縄文時代にすでに接着剤とし、使用していたといわれています。
そんな漆ですが、塗り固めが大変難しく、漆の乾燥に必要なものは適度な温度と湿度です。乾燥させるのに湿度が多く必要になるのは、 おかしな話と思われる方も多くおられると思いますが、昔の人はいろいろ工夫を凝らしてその技法に至ったわけです。 最近では漆の乾燥には、酸素との結合が必要であるとわかっていますが、昔の人の創意工夫には驚かされます。また、一度乾燥した漆の強度や光沢の耐久性は、 どの塗料にも類を見ないといわれています。
漆には、さまざまな色がありますが、もともとは白濁の透明色になっています。そこに顔料を加え、赤色や青色を出していきます。 一番よく見られるのは黒漆かと思いますが、それは鉄分を加えて、黒色に着色しています。漆は天然素材だからこそなせる技と色彩が特徴で、 時が経てば経つほど色が鮮やかになり、さらに硬化していく性質があります。
漆は「麗し」「潤し」といったものが語源といわれていますが、日本人としての考え方が大きく前面に出ていると感じます。身近な木を愛し、 木によってできた鮮やかなものを愛する心が今でも皆様にあるということに、勝手ながらですが、うれしく思っております。

金箔のお話
今回は漆に続いて、私もよく触れる機会の多い金箔についてお話をさせて頂きたいと思います。
1万分の1mm程の薄さの金の板ですが、その種類や、お話はさまざまにあります。
金箔とは?と聞かれると金の薄い板と思われる方が多いでしょう。
しかし、単純に金箔といっても種類は様々にあり、 主に金・銀・同の配合によって色々な色を出しており、純金の金箔はあまり多くは使用されていません。
但し、銀・銅が配合されていると言っても、90%以上が金の配合率で、後の10%程度が銀・銅の配合率と聞いています。 一度ご覧になられると分かるかと思いますが、その1%の違いで色も様々になります。
五毛、一号、二号、三号、四号、三歩色と言ったところが一般的となっておりますが、それぞれに違いがあり、独特の風合いをもっています。 ちなみに純金の金箔は24K金箔といいます。
金箔の生産地は何処が多いか知っているでしょうか。
私もお付き合いさせていただいている業者様はありますが、製造元は皆金沢と聞きます。 昔から金沢といえば金箔が有名ですが、全国生産量の99%は金沢で作られていると聞きました。ほとんどが金沢での生産であり、 今も変わらない技術で良い金箔を使用できるのは金沢の職人様のおかげ様と思っています。
大きさにも色々と決まりがあります。最近の仏壇でよく使用されているのは、四辺が三寸六分(約10.9cm)のものです。
ただ、 名古屋仏壇で昔から使用しているのは、四辺が五寸二分(15.8cm)のもので、大きな部分には四辺が七寸二分(約21.8cm)のものを使用していました。
私も最近では三寸六分のものをよく目にするのですが、名古屋仏壇と聞くと五寸二分と考えてしまいますし、 私が手配・製作する分に関してはどうしても昔ながらの五寸二分を使用してしまいます。
最後にこぼれ話ですが、年越しのときに皆様はそばを食べられますでしょうか。
「年越しそばを残すと来年の金運が逃げる」とよく言われました。 これは知り合いの金箔職人様から聞いたのですが、昔は金箔の切れ端を集めるのに使用していたのがそば(そばがき)だったらしいのです。 通常、素手では取り扱えないものなので、そういったもので集めていたと聞きました。つまり、そばは金を集めるもので、 それを残しては金を集めきれないという事なのですね。
浄土真宗大谷派住職様のお言葉
天明堂がいつもお世話になっております住職様が、日々感じられている事や仏道に関してのお話を、お寺にて掲載されております。
住職様の貴重なお言葉は大変興味深く、見る度に関心や勉強をさせて頂いています。
このお話をより多くの方にご覧頂きたいと考え、 ここに紹介させて頂きます。

-07年9月-
お布施の功徳
人々が汗して働いて得たお金は、実に貴いものです。
だからこそこの貴いお金を自分だけのものとせず、 仏の心をこの地上に実現するために布施することは、さらに貴い行為なのです。 この執着を離れた聖なる心がこの地上を慈悲と智慧に満した仏の理想とする世界に変えていくのです。

相手がかわいそうだから相手にめぐんでやる行為は、布施ではなく恵みなのです。布施は、自分のためにするものであって、 感謝すべき人間は、布施を受けた人ではなく、布施をいただいた人なのです。布施を受けた相手に感謝を求めれば、それは恵みであって布施ではありません。 だからタイやカンボジア等の小乗仏教では、ある年齢になると必ず一度は出家するのですが、その生活は、すべて托鉢によって生きていくのです。

その托鉢の様子を見ていると、布施を受ける僧は決して頭を下げないし、お礼も言いません。 逆に布施をする人が合掌をして有難うございますと言って僧に頭を下げるのです。即ち、布施の行いによって執着心をなくさせいただいたことに、 お礼を言って合掌をするのです。このように布施は誠に貴い修行の一つなのです。宗教は、布施によって成立し運営されていることはまぎれもなく事実です。 しかし、布施の功徳のみを異常に強調し、布施の額によって階級が上るなどということは、布施の精神にそむくものといわねばなりません。